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2009年4月10日 (金)

スピリチュアルな能力は、技法ではなく「資質」。

たまに、「霊視ができるようになるための、私に最適な訓練方法は何でしょうか」「リーディング(霊査)のコツを教えてください」という、ご依頼やご質問をいただくことがあります。

お気持ちは、わからないではないですが( ̄∀ ̄)、

スピリチュアルな能力をつける「方法」というものは、ありません。(全般的に感性を高めていくための、訓練方法というものは存在しますが、上記のようなご相談者が知りたいのは、ダイレクトな「○○が出来る方法」なので、「能力獲得に直結する方法」はありません、という観点から今回の記事を書いています)。

もしも、「方法」が存在するとして・・・、技法を教えてもらえば能力がつくなら、世の中に、霊能者と呼ばれる人が、もっとたくさんいてもいいはずです。そうではない現状が表わしているのは、「能力を獲得する方法」というものが存在しない、ということではないでしょうか。

スピリチュアルな能力というのは、「資質」「個性」「特性」であり、「技法」や「手順」ではありません。

会社内の業務に置き換えて説明すると、電卓で金額を計算をしたり、パソコンにデータ入力をしたりするのは、「技法」です。初対面の取引先に、名刺を渡して挨拶をするのは、「手順」です。それらは、教われば、誰もが身につけることが可能なスキルです。

一方で、入力スピードが誰よりも早いとか、文字がきれいだとか、初対面の方でも一度で名前を覚える特技があるとか、それらは、その方個人が持ち合わせている「資質」「個性」です。

スピリチュアルな資質というのは、後者のほう、個性、・特性の分野です。

霊感は誰にでもある資質ですから、練習しだいで、研ぎ澄まされていく、向上していく可能性はありますが、「持ち合わせている霊的感性が高まる」ことと、「いわゆる、見える聞こえるなどの力が身に付く」ことは、必ずしも同じではありません。

また、ある資質がすぐれている方に、それらをスムーズに行うための、「コツ」を聞くのは、確かに有意義だと思いますが、それには条件というか、必要な前提というものがあります。

先日、WBCの野球がありましたが、投手の間で、「○○さんに、フォークの握り方を教わった」という話がありました。独自にアレンジした握り方が各自あるようで、他の人がどうやっているかというのは、お互いに参考になるのだと思います。

教わる方も、プロの投手で「経験者」だからこそ、「ここをこうやって、これをこうして・・・」と、コツだけを抜き出して、一言二言、アドバイスすることが可能となりますが、もし、素人の私が、「フォークボールの握りのコツは?」と質問しても、きっと答えるほうも、説明に困ることでしょう;。

それと同じで、「リーディングのコツ」というものは、実際あるけれど、質問者が、理解するための下地として霊的知識を持っていないと、「活用できるコツ」の説明は困難です。「コツ」というのは、ある程度、そのことが出来る人の、「上乗せ要素」的なアドバイスだと思います。

また、スピリチュアリズムの考え方では、私たちは、霊的に向上するために、この世であらゆる経験を積んでいくものです。けれど、霊的な向上というのは、「霊能力を得ることではない」ので・・・、そこは、勘違いしてはいけない部分です。

霊的に向上していくことで、つまり人格が高まり、感覚も広がっていけば(ということは言いかえれば、オーラが輝いていけば)、その過程において、スピリチュアルな能力が発揮される方もいると思います。

けれど、霊的真理に対する探究心が不足したままでは、どんな訓練をしても、高い波長が保てるようにはなりませんので、そうなると、高次の存在からも協力は得られにくいのでは・・・とも思います。

フォークボールの、コツを教わり、取り入れるためには、基本のキャッチボールを繰り返し行うことを、面倒くさがらないことです。まずは基本に真摯に取り組み、その後、ピッチング練習に至ったなら、そのときは「コツ」を教われば、理解することができるようになるでしょう。

切れの良いフォークボールという「技法」のためには、まずは、その技法を使いこなせるだけの「基礎的な資質」を、ご自分の努力により培っていくことが大切です。そのための、努力の仕方なら、指導できます。「努力の仕方」とは、「霊的な成長のための、練習方法の提示」です。

求めるべきものは、自分を向上させることです。スピリチュアルな能力は、(その方に必要ならば)あとから付いてくるものです。

外国のスピ系書籍などで、霊能力のことを、スピリチュアル・ギフトなんて表現をしていることがありますが、ギフトというのは、贈り物ですよね。つまり、「(求めるもの、というよりも)授かりもの」である、という意味合いが含まれている表現なのかな、という解釈を、私はしています。

「授かる」ためには、受け取るための器、自分自身を大きく広げて輝かせていくことを、まずは、考えていきましょう。その先に、それぞれの答えが、見えてくることでしょう。

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