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2009年4月の5件の記事

2009年4月29日 (水)

視える(感じる)子供さんへの対処法。

江原さんの本によると、赤ちゃんや小さいお子さんは、あちらの世界から来たばかりなので、何かが見えたり感じたりの能力が、そのまま残っていることも珍しくないのだそうです。私も、日々、クライアントさんのお子さんのお話などを聞くと、本当にそうだなぁ~と、実感します。

オーラの泉など、テレビ越しにそのような世界に触れるのは、「テレビの向こう側の話」として考えることができても、実際に自分のお子さんが、「お母さん、あそこに○○が見える」なんて言い出すと;、心配になりますよね。

こういう場合は、特に否定せず、かといって肯定もしすぎず、で、普通にしているのが一番です。年齢とともに、ごく自然に薄れていくもののようなので、気にしすぎないほうがいいでしょう。

否定はせず、かといってあちらの世界を意識させ過ぎず、普通に接し、のびのびと育てていかれるのが一番だと思います。

まれに、江原さんのように、見える力を大人になるまで持ち続ける方もいますが、・・・そのときはそのときで考えるとして、お母さんものびのびと、お子さんものびのびと、気にしすぎないで、いきましょう

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2009年4月24日 (金)

憑依体質。

霊的な感覚(霊感)は、誰でも持っているものです。その度合いが、大きい人と小さい人の差こそありますが、霊感が全くない人はいません。また、100%全開の人もいません。

その感度が、平均以上である人、つまり霊的に敏感なタイプの方を、「憑依体質」とか「霊媒体質」などと呼ぶことがあります。文字だけみると、なんだか怪しげかもしれませんが、やわらかく言い換えれば「霊的に敏感な人」という意味です。

他人のエネルギーや、空気(雰囲気)などに、敏感に反応してしまうので、人が大勢集まる場所にいくと疲れたり、調子が悪くなったりする方などもいるかと思います。

そういう体質の方は、日常においても、少し気をつけたほうがいいこと、避けたほうがいいこと、というのは、ないわけではないですが・・・、あまり過剰反応しすぎないことも大切だと思います。

人を避けて、山奥にひとりで住むわけにもいきませんし、敏感なタイプの人は、世の中にごまんといますので、考えすぎないほうがいいのかもしれません。

心の安定を保つように日々すごしていけば、それほど気にすることではありません。いろいろなエネルギーの影響を受けてしまうのは、体質だけの問題ではなくて、そのときの「自分の波長」によることが、ほとんどなのです。どれほど敏感であろうと、自分の波長が高ければ、問題はないのですから。

敏感な方ほど、「影響を受けやすい」のは、確かですが、実際にどれほどに影響を受けるかというのは、やはり、自分しだいです。日々、明るく健やかに、こだわりをなくして、生きていけば、おかしな影響など寄せけることはありません。

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2009年4月22日 (水)

江原さんの本は、教科書のようなもの。

スピリチュアルなことに興味をもっていて、知識をつけたい、理解力を深めたい、波長を高めたいと思うなら、江原さんの本を読むことは、必須だと思います。

これほどわかりやすい本は、他にはありません。江原さんの主張なさっていることは、スピリチュアリズムですから、シルバーバーチの本などでも同じ要素で構成されていますが、あちらは翻訳本ということもあり、少々難解な部分もあります。

江原さんの本は、本当にわかりやすく書かれています。私もいまだに、毎日繰り返し読んでいます。江原さんの本に、基礎的なことの「ほとんどすべて」が、載っています。初心者の方は、まずは文庫本を数冊お読みになることから始めるのがよいでしょう。

波長を高くするには、具体的にどのような思考・行動をしていけばいいのか、よくご質問をいただきますが、「誰にでも当てはまる普遍的なこと」は、江原さんの本にすべて書いてあります。ご依頼をいただく場合でも、まずは、これらの本を読んで、知識をおもちになっていただけますと、こちらとしてもお伝えできる範囲が広がります♪。

私がなぜ、このブログなどで、くどくど長々と(笑)、スピリチュアリズムについて書き続けているかといいますと、ご依頼いただく前に、前知識として分かっておいていただきたいからです(せっかくのお時間を、基礎的な話のみで終わらせたくないという思いがあります)。

そして、「その上で」、ご縁のある方には、さらに発展したお話をさせていただければと思っています。

なので、セッションの前には、「江原さんの本を読んだことがありますか?」と、必ず聞いていますね(笑)。知識がある方だと、話も早いので。

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2009年4月13日 (月)

「カルマの法則」とは、基礎であり、応用でもある。

どんな出来事も、「原因」があり、そして、「結果」へと繋がっていきます。

因果律、原因と結果の法則、カルマの法則など、大昔からいろいろな名称で語られたこの法則は、スピリチュアリズムを理解する上で、とても大切な法則です。

どんなに理不尽に思えることでも、「原因」なくして出来事は展開しません。理不尽な種を、自らが蒔いたからこそ、自分に降りかかったのです。このことは、あまり認めたくはないけれど(笑;)・・・、絶対的な「事実」です。スピリチュアルを理解しようと思うなら、まずは、このことを受け入れなければなりません。

この仕組みを知ると、「では、この結果に至った理由は?過去の何が原因で?」ということを、知りたくなると思います。けれど、過去のすべてを把握するなんて、神様でもない限り、不可能です。

大切なのは、原因そのもを突きとめることよりも、「この仕組みを理解すること」です。

仕組みを理解してこそ、現実の出来事にあてはめて考えることができます。仕組みを理解しなければ、「実践」ができません。実践を伴わない頭の中の知識は、いつまでも「知識」のままで・・・、「知恵」へと変わっていきません。

実践が、大切なのです。知識を、実践することで、大いなる知恵に、変えていけます。カルマの法則を、正しく理解すること、それは、霊的真理へ続く道の、第一歩であり、第二歩でもあり(笑)、第三歩でもあります。この世に生きる限り、最後の瞬間まで、私たちは、この法則と無関係でいられないのです。

その道の達人が、基礎的な要素を繰り返し行う大切さを伝えるために、「この道は・・・、○○に始まり、○○に終わる」なんて言い方をすることがあります。私たちの人生も、上記の言い方をあてはめると、「カルマの法則に始まり、カルマの法則に終わる」のかもしれません。

カルマの法則とは、それくらい、基本中の基本であり、大原則であり、基礎であり、応用でもあり・・・、とにかく「すべて」は、この法則の下にあると言えます。

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2009年4月10日 (金)

スピリチュアルな能力は、技法ではなく「資質」。

たまに、「霊視ができるようになるための、私に最適な訓練方法は何でしょうか」「リーディング(霊査)のコツを教えてください」という、ご依頼やご質問をいただくことがあります。

お気持ちは、わからないではないですが( ̄∀ ̄)、

スピリチュアルな能力をつける「方法」というものは、ありません。(全般的に感性を高めていくための、訓練方法というものは存在しますが、上記のようなご相談者が知りたいのは、ダイレクトな「○○が出来る方法」なので、「能力獲得に直結する方法」はありません、という観点から今回の記事を書いています)。

もしも、「方法」が存在するとして・・・、技法を教えてもらえば能力がつくなら、世の中に、霊能者と呼ばれる人が、もっとたくさんいてもいいはずです。そうではない現状が表わしているのは、「能力を獲得する方法」というものが存在しない、ということではないでしょうか。

スピリチュアルな能力というのは、「資質」「個性」「特性」であり、「技法」や「手順」ではありません。

会社内の業務に置き換えて説明すると、電卓で金額を計算をしたり、パソコンにデータ入力をしたりするのは、「技法」です。初対面の取引先に、名刺を渡して挨拶をするのは、「手順」です。それらは、教われば、誰もが身につけることが可能なスキルです。

一方で、入力スピードが誰よりも早いとか、文字がきれいだとか、初対面の方でも一度で名前を覚える特技があるとか、それらは、その方個人が持ち合わせている「資質」「個性」です。

スピリチュアルな資質というのは、後者のほう、個性、・特性の分野です。

霊感は誰にでもある資質ですから、練習しだいで、研ぎ澄まされていく、向上していく可能性はありますが、「持ち合わせている霊的感性が高まる」ことと、「いわゆる、見える聞こえるなどの力が身に付く」ことは、必ずしも同じではありません。

また、ある資質がすぐれている方に、それらをスムーズに行うための、「コツ」を聞くのは、確かに有意義だと思いますが、それには条件というか、必要な前提というものがあります。

先日、WBCの野球がありましたが、投手の間で、「○○さんに、フォークの握り方を教わった」という話がありました。独自にアレンジした握り方が各自あるようで、他の人がどうやっているかというのは、お互いに参考になるのだと思います。

教わる方も、プロの投手で「経験者」だからこそ、「ここをこうやって、これをこうして・・・」と、コツだけを抜き出して、一言二言、アドバイスすることが可能となりますが、もし、素人の私が、「フォークボールの握りのコツは?」と質問しても、きっと答えるほうも、説明に困ることでしょう;。

それと同じで、「リーディングのコツ」というものは、実際あるけれど、質問者が、理解するための下地として霊的知識を持っていないと、「活用できるコツ」の説明は困難です。「コツ」というのは、ある程度、そのことが出来る人の、「上乗せ要素」的なアドバイスだと思います。

また、スピリチュアリズムの考え方では、私たちは、霊的に向上するために、この世であらゆる経験を積んでいくものです。けれど、霊的な向上というのは、「霊能力を得ることではない」ので・・・、そこは、勘違いしてはいけない部分です。

霊的に向上していくことで、つまり人格が高まり、感覚も広がっていけば(ということは言いかえれば、オーラが輝いていけば)、その過程において、スピリチュアルな能力が発揮される方もいると思います。

けれど、霊的真理に対する探究心が不足したままでは、どんな訓練をしても、高い波長が保てるようにはなりませんので、そうなると、高次の存在からも協力は得られにくいのでは・・・とも思います。

フォークボールの、コツを教わり、取り入れるためには、基本のキャッチボールを繰り返し行うことを、面倒くさがらないことです。まずは基本に真摯に取り組み、その後、ピッチング練習に至ったなら、そのときは「コツ」を教われば、理解することができるようになるでしょう。

切れの良いフォークボールという「技法」のためには、まずは、その技法を使いこなせるだけの「基礎的な資質」を、ご自分の努力により培っていくことが大切です。そのための、努力の仕方なら、指導できます。「努力の仕方」とは、「霊的な成長のための、練習方法の提示」です。

求めるべきものは、自分を向上させることです。スピリチュアルな能力は、(その方に必要ならば)あとから付いてくるものです。

外国のスピ系書籍などで、霊能力のことを、スピリチュアル・ギフトなんて表現をしていることがありますが、ギフトというのは、贈り物ですよね。つまり、「(求めるもの、というよりも)授かりもの」である、という意味合いが含まれている表現なのかな、という解釈を、私はしています。

「授かる」ためには、受け取るための器、自分自身を大きく広げて輝かせていくことを、まずは、考えていきましょう。その先に、それぞれの答えが、見えてくることでしょう。

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