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2009年3月の4件の記事

2009年3月30日 (月)

異性との会話力をつけよう。

恋愛やご結婚を望む方たちから、「男性との会話が、スムーズにいかない」というご相談をいただくことがあります。全員に当てはまるわけではありませんが、傾向として、「男性の好む話題についての、会話力」が、十分でないことが、親しくなりにくい原因のひとつかも・・・と、感じられるケースがあります。

お付き合いにいたるまでに、まず「出会い」は必要ですよね。けれど、出会う「だけ」では、関係が構築されていきません。出会って、気が合ったら、「維持」、もしくは「発展」させていく必要があります。そのためには、会話が弾まなくてはなりません。

このとき注意しておくほうがいいのは、「女性が好む話題」と、「男性が好む話題」は、同じではないということです。誰でも、相手に、自分の話を聞いてほしい、分かってほしい、受け入れてほしい、・・・と思うものですが、相手に受容を求めて、自分は主張するばかりでは、よい関係は作られていきません。

相手が好む話題について、「話せる人」でいることが、好意的な感情に繋がっていくものと思います。男性というのは、女性と違って、流行のドラマがどうだとか;、芸能人の誰と誰が付き合っていて;、どこのお店のケーキがおいしいか、とかですね;、・・・そんな話は、面倒くさいと感じる方がほとんどです。

そういう、感性の違いを踏まえず、「私を、受け入れてくれる人」を望んでも、それは、ムリというもの。自分を受け入れてほしいと思うなら、自分も相手の望むことを、理解していくことが大切です。

必ずしも相手に100%あわせる必要は、ないと思います。それでは、都合のよい相手にされるだけで、建設的な関係は創られていきません。けれど、相手が楽しめる会話を提供するというサービス精神と、相手を受け止める包容力は、新しい出会いや発展に、必要な感性だと思うのですよね。

その点を踏まえて、異性が望む話題とか、会話力のようなものを、身に付けていくことで、「波長の法則」が作用し、出会いも広がっていくのではないかと思います。

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2009年3月27日 (金)

すべての人間関係(団体)は、縮図。

どんな人間関係にも)波長の法則は、もれなく作用しています。このことは、多くの方がご存知のことと思います。イヤな上司だ、とか、やりにくい同僚だ、などと思うことがあっても、その方と、何か引き合う要素が自分の中にあるからこそ、「関係」が作られるものです。

そういう場合でも、自分を高めて波長をあげるように努力していき、その関係から学ぶべき課題がクリアになると、自分か相手のどちらかが異動になるなどして、関係が解消されたり、疎遠になっていくもののようです。

先日お越しいたたいた方は、学校の先生だったのですが、とても興味深いお話を伺いました。この法則は、「クラスの席替え」にも、見事に当てはまるのだそうです。

「お互いに学びあう要素がある子同士が、隣の席になったな・・・」、なんて思っていると、次の席替えでも、その子たちは、また隣同士に。

そして、次には、(少し、進んで)前後の席になり・・・、そしてその次は、(お互いの波長が違ってきたので)まったく別の席に・・・、と、なっていくそうなのです。

ここでの「学び」というのは、性格が違い過ぎて、気が合わない子同士が、お互いを認めることを経験する、などですね。

それが出来るようになると、見事なくらいに、席が離れていくのだとか。

家族内も、社内も、そして学校も、すべての集団は「世の中の縮図」で、「波長の法則」を学ぶための場でもある、のですね。そのような視点で考えると、見えてくる日常の景色は、まったく違ったものになります。自分に足りないものも、周りの人が、鏡のように映し出して教えてくれることに、感謝の気持ちもわいてきます。

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2009年3月18日 (水)

自ら、戒める。

ある程度の年齢になれば、部下が出来たり、親になったり、ある種の権威側というのでしょうか、上下関係の「上」の立場を経験する機会が増えていきます。

「上」の立場になると、部下に命令したり、威圧的な態度をとったり・・・、そうしようと思えばいくらでも、利己的に振舞うことが出来る機会がおとずれます。

頭では分かっていても・・・、少しでも楽をしたい、苦労を回避したい、代わりの誰かに自分のすべきことをまかせたい、そんな気持ちは、誰にでもあるものと思います。

「しては、いけない」ことが、「出来ないように、なっている」ならば、簡単ですが、「やろうと思えば、我を通せるが、本来すべきではない」ことを、試されるような学びは、心が揺れますよね。

苦難は、自分のための学びである、すべて自分に返ってくる、というスピリチュアルな観点から物事を理解していれば、人を利用したりはしなくなると思います。人を利用すれば、(誰かに、自分が)利用されるし、依存すれば、自分も依存されますから。

この学びの難しいところは、下の立場の人が、上の立場の人に、忠告してはくれない、ということですね。どこからが利己的なのか、という線引きを、自分でしなければなりません。器が、試されます。

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2009年3月 2日 (月)

昔は、こんな経験もしました( ̄w ̄)。

もう、2年以上も前のことになりますが・・・。夜、寝る頃になると、「聞こえないはずの声」が、よーく聞こえていた時期がありました。(眠りに入るときには、誰でも、そちら系の回路が働きやすいらしいです)

キミは、スゴイ才能があるね~」 

「もうすぐ、○○○とか、××とか、出来るようになるよ」 ・・・と。

私は、それを聞いて「( ̄_ ̄)なるほど。・・・こういうのを、「神の声」だと勘違いして、自分はスゴイ!と、思い込んでしまう人がいるのだろうなぁ」と思いました。「( ̄_ ̄)困るなぁ・・・、こういう人(霊)がいると;」とも。もちろん、こんなの、高次の存在の声ではありません。

「その声」の中には、私がビックリしてしまうような内容、つまり「当たっている」ことも、含まれていました。通常、なかなか、当てられる類の内容ではなく、私が(声の主が、高次の霊などではないと分かっていながらも)、「えっ・・・」と、一瞬思ってしまうような内容です。分かっていながらも、一瞬信じそうになるくらいです。

つまりですね、向こうも、それなりの「力」は、持っているわけです。語ることすべてがデタラメというわけではありません。私に、「聞かせる」ためには、私の波長を捉えて、音声に変換して伝えるだけの力がないと、できませんからね。

もしも、当時の私が、不思議な現象に過度の興味を持っていたならば、この出来事に簡単に取り込まれ、騙されていたかもしれませんが、私は冷静なので、おかげさまで大丈夫でした。

。すべては「自力」だと分かっていれば、どんなことにも惑わされません。過去のいろいろな体験を思い返してみると、・・・昔の私は、波長が低かったので、こういう現象に、遭遇していたのだろうなと思います( ̄w ̄)。最近はもう、こういうことは、ほとんどなくなりました。

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