■ インフォメーション ■

セッション可能な日程および、返信までの時間は、以下のとおりとなります。

★メールによるリーディングの場合:

 受付から回答までに、1週間~10日程度掛かる場合があります。
  (17,000円)
 常時の受付は行っていません。二ヶ月に一度程度、不定期での受付をしています。

★スカイプ、または、固定電話によるリーディングの場合:

 対応可能日時は、火、木、土となります。当日の申込みも、空きがあれば可能です。1週間以上先の予約は受付できません。
 (60分:15,000円。延長をご希望の場合は、20分ごとに5000円の追加料金)

★お知らせ(随時、更新します)

※ 8月のスカイプセッションの実施日は不定期となります。決まり次第、こちらでご案内させていただきます。

スカイプ実施日

・8/18(木) 20:00
・8/19(金) 15:00
・8/20(土) 22:00
・8/23(火) 22:00

★無料のメルマガ配信をご希望の方は、こちらをご覧ください。過去に有料鑑定をご利用いただいたことがある方が対象となります。簡単に登録&解除が可能です(*^_^*)。

★2017年の年間リーディング(メール)メルマガ先行受付分は、8月のはじめに受付したものは、月内の返信となり、もうしばらくお時間をいただきます。

★スカイプの実施について。現在、隣家が外壁補修工事をしている関係で、日中は作業音が賑やかなため(^_^;)通話の実施ができない状況です。どうぞご了承願います。

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2016年8月26日 (金)

自分が「どんな形容詞」で、言い表されているか。

自分を知りたいとか、自分が思っている自分評価は客観的にみてどのくらい当たっているのかを知りたいときには、「形容詞」で考えてみるといいと思います。

自分は、周囲の人から「どのような形容詞で表されることが多いか」を思い出してみましょう。たとえば、「優しい」、「面白い」、「意見がはっきりしているね」、「色が白いね」等のことです。

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1.まず、他人から言われたことを思い出してみる。

いろんな人に言われた、いろんなケースや言葉をさかのぼって思い出してみます。ある程度の「量」がないと、その中での規則性や共通性が見いだせません。少なすぎると、その発言をした人の主観になってしまいますので、過去をいろいろ思い出して「量」を揃えます。

そうすると、「自分自身の事柄」をいわれている場合と、「自分のした行い」を言われている場合があることに気づきます。

 ・自分自身のこと=背が高い、カワイイ、声が大きい、など。

 ・自分のした行い=話が面白い、作業が手早い、年配の方に親切、など。

どちらが多いかによって、他者からみて「自分自身の印象が強い」のか「行いの印象が強い」のかという比率がわかってきます。 多いほうが、自分の「得意な分野」ですね。

他人が見ている自分が、実際の自分とすべて一致しているとは限りません。ですから人から言われたことがそのまま自分に当てはまるわけではないけれど、少なくとも「他人からは、このような見られ方になりやすい自分である」ことがわかります。


2,実際の自分の認識と一致するものを抜き出す。

次に、言われた内容のうち「自分でも、そうだと思う」「実際に、自分はそうである」ものを抜き出します。

他人からみてもそうで、自分でもそうだと思うなら、高い確率で「そのとおり」と言えるでしょうから、それ以上の考察はここでは行いません。


3、残ったものを分析する。

そして、残った項目をみていきます。残ったものは、「他人からはそう見えるようだが、自分では当てはまらないと思うもの」ですよね。

たとえば、「他人からは優しいという認識のようだが、自分では冷たいと思っている」というように。

それらば、「自分では気づいてない(けれど、他人はきづいている)自分」か、または「他人が、自分を誤解している箇所」となります。

本当の自分なのか、誤解されている点なのかという、ここから先の区分けは難しく、またそこまで突き詰める必要性がないことも多いので、まずはここまで作業をしてみましょう。

なんとなくわかっていることでも、こうして書き出すという作業をすることで、思考がまとまったり整理されたりして、改めて気づくことがでてくるはずです(^_^)。

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2016年8月24日 (水)

眠っている間の、たましいの活動は、記憶の深いところに刻まれる。

昨日の続きです。

眠っていて、たましがあちらの世界へ戻っているときには、この世でたずさえている「肉体」という器の制限がないので、人はより「霊的」な状態に近くなります。

あちらの世界にいる守護霊などの存在とも、それぞれが放つ周波数が近くなり、こちらの世界に意識があるときと比べて、やりとりがしやすくなり、ときにメッセージ性のあることを授かってきたりすることもあります。

ただ、そうした「あちら側」の意識に深く感化しているときほど、こちらの世界においての「記憶」としては残しておくことが難しくなります。落差が大きいほど、覚えていられなくなるものなのです。

よくスピリチュアルなセッションで、霊能者が「セッションが終わると、内容をあまり覚えていない」とか、「終わった瞬間から、頭から抜けていく」などという人がいますよね。私の場合、どちらかといえば後者のほうですが(^_^;)、それは、通常の意識と、霊的な意識の落差によるものなのです。差があるほど、覚えていられなくなります。

それと同じしくみで、寝ている間の、あちらの世界にふれている記憶も、深ければ深いほど、(普段の状態との差が大きいということなので)こちらの世界の感覚として記憶に残りにくくなり、寝ている間に戻っているたましいの世界のことは、「表面的な意識上」は、覚えていないのが普通です。

けれど「深いところにある、無意識レベルの意識上」では、ちゃんと記憶されていて、必要な場面で自然とそうした「知恵」をつかって、日々を過ごしているものです。

夢の記憶の一場面として、あちらの領域のことをメッセージ性を伴って把握することもありますが、そういうことは本当に「まれ」で、記憶がなくても知恵に「触れている」し「得られている」ものなんですね(^_^)。むしろ、深いところの事柄であるほど、覚えていられないことも多いので、そんなにとらわれなくてもいいかな、と。

夢という形で、それらしい記憶がある人も、そうでない人も、いろんな形はあるがそれぞれが知恵を授けられているというしくみを理解して、しかしそれ以上にはこだわらずに、自主性をもって毎日を過ごしていくことが望ましいと思います(^_^)。

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リーディングのご感想|固定電話。

以下は、HMさんからいただいたリーディングのご感想メールから、一部分を抜き出したものとなります。

ご利用いただき、ありがとうございました(^^)。

昨日は縁あって、長年の希望だったリカコさんのセッションを受けることが出来て、とてもとても有意義で楽しい時間を過ごすことができました。

丁寧な説明で、守護霊とはどんな存在なのか、オーラとはどんなものなのかを解説して頂いた後に、 私の守護霊からのメッセージをお伺いさせて頂いた時には、改めて守護霊はずっと私の「全て」を温かく、そして時には厳しく見守ってくださっている存在なのだと、リーディングメッセージを聞いて、背筋がピーンと伸びる想いでした。

どのメッセージも「うわ!私の日ごろの考え方、行動そのままだ!」と驚きと喜びで一杯になりました。

オーラの色の特徴から新しい発見があり、とても新鮮で嬉しくもありました。 60分間があっという間に過ぎて、本当に楽しいだけではなく、色々と考えることができる有意義なセッションでした。

リカコさんとお話しして、直接お会い出来たら、嬉しいなぁ♡と、新たな夢が膨らみました♡♡ (図々しくて、すみません。) また、お世話になると思います。 どうぞ今後ともよろしくお願いします。

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2016年8月23日 (火)

眠っている間も、霊としての意識はあちらの領域で活動をしています。

睡眠というのは、実はとてもスピリチュアルな行為で、私たちは、寝ている間は「たましいがあちらの世界に里帰り」をしている(里帰りというのは、江原さんの書籍の表現をお借りしています)とされています。

寝ている間の意識は、あちらの世界ととても近いところにあり、こちらの世界から遠ざかるため、寝ている間を(こちらの世界での感覚のように)記憶しておくことができませんが、ときに「夢を見ていることを覚えている」のと同じように、断片的な記憶をもって目覚めることもできます。

いくら物理的な制限がない、夢の中だからといって、どう考えても解釈の辻褄が合わない夢をみてしまうことってありますよね。たとえば、窓から外にでたらそこが海だったとか笑。

不思議なのは、「夢の中の自分が、それを普通に受け入れていて不思議に思っていないこと」です。「え?なぜ窓から外にでた先が海なの??」という疑問を持たない自分って?と、目覚めてから思う経験を持つ方は少なくないと思います(^_^;)。

そうした、現実的な感覚でみたら辻褄があわないことを、夢の中で不思議に思わないのは、あちらの世界でのことを、あちらの意識でとらえているからなのです。

それを、(目覚めた後は)こちらの世界での感覚と意識で解釈しても、何かよく分からない(^_^;)ということになりますね。


目覚めてこちらの世界で生活しているときには、あちらの世界での意識と記憶はOFFになり、眠っているときはONになるという、なんとも不思議な状態を、私たちは経験して過ごしていることになります。

私たちは、「肉体をもった霊的な存在」なので、こうして、霊としての意識は、あちらの世界を反映したり、こちらの世界で肉体とともに活動したりと、いろんな形の動きをとっています。

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2016年8月22日 (月)

不必要な思考が、止まらなくなるときには。

頭の中が忙しく働いて、必要のないことでも考え続けてしまったり、次々にアイデアが浮かんだり(だいたい現実的でないもの、具体性のないものとなる)、過去の出来事が思い出されたりしてしまうことがあります。

そういう「不必要な思考が止まらない」状態になるのは、エネルギーが頭にばかり集まっていて、他のところでスムーズに流れていかないためです。

どこにエネルギーが集まりやすいかというのは、「その人の過剰になりやすいところ」です。過剰になるのは、「得意なこと」です。できすぎてしまうから、多くなるので。苦手なことは、そんなにたくさんできませんからね。

もとから「思考が得意な人」が、頭にエネルギーが集まりすぎてしまって、不必要なことにまでそれが止まらなくなってしまうということです。

ではなぜ、集まりすぎてしまうのかというと、その他のどこかへの「流れ」「動き」が滞っているからです。これは、どこの何が該当するかは個人差がありますね。その人の苦手なところとの兼ね合いになるので、一律にまとめることはできません。

滞っているところを特定して、そこをスムーズにしていくと改善したり軽減したりします。

多いのは、「行動しない」ことで、身体全体のエネルギーの動きが鈍くなっているか、または、「話さない(口を使わない、エネルギーを出さない)」ことで、首から下へエネルギーが巡らずに留まってしまうことなどです。

さらには、身体の機能との繋がりで、首や肩のコリや姿勢が悪いことなどが影響して、頭とその他の部分のエネルギーの連携がうまくいっていないこともあります。こちらだとわかりやすいですね、首が普段と比べて動きやすいか可動域を確認すればだいたいわかると思います。

身体の機能と内面は繋がっていますし、現実のものごとと見えない領域のことも繋がっています。

その状況に合わせて、

「行動する」「身体を動かす」「会話をする」「人と関わる」「身体のケアをする」「運動する」「休む」などから適した対応をとってみて、バランスを取り戻すとよいでしょう。

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2016年8月21日 (日)

「やめようとする」なら、入れ替えの行動を合わせて考える。

「こういう行動をやめよう」、「こういう考え方は、もうしないようにしよう」と思いながらも、なかなかやめられないことがありますよね。

止められない理由は、「その代わりの行動、またはその次を、セットで考えていないから」です。

たとえば、「偏るので、お昼にラーメンばかり食べるのをやめたい」とします。しかし、お昼を抜くわけにいかないから、ラーメンの代わりに「何か」は、食べますよね。その新しい何か、入れ替える行動を、合わせて考えていかないと、やめたいものをやめることって難しいです。

代わりの行動を想定せずに、「やめたい」ことばかりに意識が向かうと、・・・ラーメンのことばかり考えてしまいます(^_^;)。食べたい、であっても、やめたい、であっても、意識が向かう先がラーメンに集中すると、なかなか切り換えられないです。

それをやめるなら、代わりに何かの行動なりをとるわけですから、その新しいほうに意識を向けて、「やめる」と「次」をセットで考えていくほうが、切り換えがしやすいものです。

上記の例えでいうなら、ラーメンを食べないかわりに、お昼は何を食べることにするかを合わせて考えていき、やめる目的を満たすことを、新しい選択肢の中に含めたり絡めたりしていくということですね。

やめることによって、何かの余裕なり余白なりが生まれます。それを何につかうかを合わせて考えてみましょう(*^_^*)。

そのほうが、これからどうするかという建設的なものが含まれるので、(なかなか、やめられないことへのこだわりという)気持ちの上での抵抗感も少なくなるものです。

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リーディングのご感想|2017年のリーディング(メール)

OSさんからご感想をいただきました。ありがとうございました(*^_^*)

今回は最初に総括的なものがあって、その時期のテーマが掴みやすいように感じました。

来年は少し自分の方向性が定まってきそうな雰囲気のようでした。全般的に「行動」が大事になりそうなので まず動き出すことを意識できればな、と思いました。

出産後は今までとは違うペースに まだまだ余裕がなく翻弄されたり いろいろな心配も少なくないですが、 楽しみつつ、考えすぎないように気をつけたいな、と思います(^^:) 今回もありがとうございました。

 

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2016年8月20日 (土)

自分には、守護霊が何人くらいいますか?という質問。

「自分には、守護霊が何人くらいいるのですか?」と、ときどき聞かれますが・・・、これは明確な答えはないですね。

今、セッション中にでてきている方が何人か、というのは答えられます。けれど、それは「その人の守護霊の総数」とは違うからです。

たましいの繋がりがある導き役の方達は、誰にもたくさんいらっしゃいます。

そのうちの何人か、そのときの繋がりの深い方が前面にでてくる仕組みなので、たとえば、その時点で二人の方が見えたとしても、それは「守護霊の総数」ではありません。

私に限らずですが、守護霊がわかる方のセッションで、たとえば「あなたの守護霊は、貴族の方と武士の方の二人がいらっしゃいます」と表現する場合は、おそらくは


(1)その時点で、前面にでてきている方が二人だった。

(2)そのとき、霊能者が認識できる方が二人だった。


の、どちらかで、これは総数とは違います。

誰にも、たましいの、ずっと奥の奥までさかのぼるとするなら、無数ともいえるくらいの繋がりのあるスピリットが存在します。

なので、そういうふうに仕組みとして理解していき、あまり「実際のところ、何人なの?」というようなことには、とらわれないほうがいいですね。

関心がわくのはよくわかるのですけれども(^_^)、その時点で見えてくる方達以外にも、さらに奥にはたくさんの方が控えていらっしゃるので、これは「明確な答えは、できない」ということでご理解いただければ(^_^)。

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リーディングのご感想|固定電話のリーディング。

以下は、KKさんからいただいたリーディングのご感想メールから、一部分を抜き出したものとなります。

ご利用いただき、ありがとうございました(^^)。

守護霊さんの言葉、胸にグサグサ突き刺さりました。薄々は自分でも気がついてることでしたが、自分のあまりの未熟さにショックで頭がパニックになりました。

でも守護霊さんに教えていただいたことは胸に響きました。リカコさんはちゃんと理解できず、ポカンとしてる私にわかりやすく、色んな例えなどを使って説明して下さいました。

私がいたらないところが明確になり、落ち込むというより希望が見えたように感じます(*^^*)世界が広がりました。それはリカコさんや守護霊さんの愛が私に通じたからかもしれませんね。

本当にありがとうございました!本当にご相談させていただいて良かったと感謝の気持ちでいっぱいです。

今からはいただいた言葉を思いだし、理解しながら自分の心をを磨く行動をしていきたいと思います(*^^*)

 

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2016年8月19日 (金)

定期的に不要なものを整理する。

定期的に、不要なものを整理したり処分したりしておくことは、エネルギー的な意味合いからも大切なことです。

すべてはエネルギーなので、不要なものや雑多なものに囲まれていると、そういうエネルギーと常に関わっていることになり、疲れやすくなったり落ち着きがなくなったりすることがあります。

そうした影響で、焦りが生まれたり、不安感が大きくなったりすると、ますます物を集めてしまうこともあります。そうすると落ち着いたり、状況が改善したりするような気持ちになってしまうからです。

必要なものを得るならよいけれど、そうでないものを得ても、不要なエネルギーを増やすだけですから、また同じことのループになってしまいます。

ときどき意識して、自分の持ち物について、必要なものとそうでないものを考えながら、整理していくことは大切です。

たとえば、なくても困らないけれど、あるから一応は使おうとかという便利グッズなどは「いる」のか「いらない」のか、考え方しだいですよね。


さらに、形のある「物」だけでなく、たとえば情報などの形をもたないものも、ときどき整理するとよいと思います。

たとえば、ネットで「お気に入り」にいれているけれども、もうアクセスすることはないサイトの情報だとかは場所をとらないので、「そのまま」になることが多いですよね。そういう部分も使わないものは削除するなど整理してみると、見た目は何もかわらなくても、頭や気持ちがスッキリすることも多いです。

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2016年8月18日 (木)

「好かれるため」と「嫌われないため」は、取り組みの方向性が違ってくる。

この記事は、特定の誰かの関心を自分に向けるという意味ではなくて、「全般的に、人から好かれたい」という思いを持っている場合の話です。

「好かれたい」なら、「好かれるための振る舞い」をすべきであり、「好かれるような自分になる」ことが必要です。

ところが、「好かれたい」のに、「嫌われないような振る舞い」をして、「嫌われない自分」になろうとしてしまう場合があります(^_^;)。

「好かれる」ことと、「嫌われない」ことを、同じだととらえてしまい、嫌われないように頑張れば好かれるはずだ、と思い込んでしまうのです。

・・・その結果、期待どおりにはいかず、「こんなに頑張っているのに、なぜ思い通りに人から好かれるようにならないのだろう?」と悩んでいる方は少なくないです。

好かれるためと、嫌われないためとでは、頑張りの方向性が違います

「好かれるための振る舞い」が、プラスを増やしていくものだとしたら、「嫌われないための振る舞い」は、マイナスをなるべく減らそう、というものになります。

マイナスを減らす努力は、言い換えると「マイナスを埋めて、ゼロに近づけようとする行為」、つまり、既にある穴を埋めて平坦にしようとするものです。

それは一般的には「いいこと」ではあるかもしれませんが、「好かれるような、自分らしさ」はその行為や状態の中には打ち出されませんよね。

上下の起伏もなにもない平坦では、嫌われる要素はないかわりに、人目や関心を引くような個性的な要素もないでしょうから、それでは願っている「人から好かれたい」には繋がりにくいということなのです。

頑張っているわりに、成果がでないのは、「そこ」に理由があります。

マイナスに目を向けるのは「嫌われてしまうことを変えたい」人がやるといい行為です。

「好かれたい」なら、プラスに目を向けていくほうがいいですね。そのほうがずっとスムーズになると思います(^_^)

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2016年8月17日 (水)

お互いの世界を尊重しながら、支え合えるのが一番いい。

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自分と違う、いろんな価値観の人と関わりながら生活をしていくということは、少なからずストレスが発生します。

いちいち説明しないと伝わらないとか、何でそちらの選択肢を選ぶかなぁとか、この価値が理解できないの?と思ったり、自分の働きが低く見積もられているように感じたり、そういうことの連続ですよね。

|それぞれの世界がある。

大人になってしばらく経てば、世の中が必ずしも自分の思いどおりにいかないことは、当然であり想定内です。だから、そのことにイライラはしなくても、「この方法をとったほうがうまくいくのに、なぜそうしないのだろう。なぜ必要性や価値がわからないのだろう」という類のことには、不愉快さや怒りがでやすいです。

なぜなら、「私が得をするために言っているのではないのに。あなたが得をすることができるのに」という気持ちが、相手がその動きをとることの期待感に上乗せされてしまうためです。

しかし、どんなに素晴らしい意見やアイデアであっても、「相手が生きている相手の世界の中」では、自分のそれは重視されないこともあれば、不必要になることも多々あるものです。


|距離をとる、または、時間を置いてみる。

自分が得をしたいという欲から発生したアクションならば、自分を省みてその思いを収めることもできるけれど、「相手のために(思い込みでなく、事実として)なることなのに」という思いは、収めるのが難しく、そこから意識を離すことも難しいものだったりします。

しかし、自分に決定権のないことの、自分の領域のことではないという、「二重に、自分から遠いこと」にとらわれていても、そこから前に進めなくなります。

そういうときは、まず一時的にその人と(可能なら)物理的に距離をとってみるといいでしょう。会う回数を減らすとか、連絡をしばらく控えるとか。それが難しければ、心の距離をとるために、自分の意識を向けていく先を、新たに作ってしまうことです。

そうすると、お互いにクールダウンができて、相手を尊重することができたり、または、相手が(以前に伝えて、採用されなかった)自分の意見の価値を理解してくれるようになったりして、よい距離感が作られることも多いものですから。

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2016年8月16日 (火)

自分を下げるような「言い方」をやめる。

「どうして私は、こんなにも思い通りにいかない人生なのだろう」とか、「どうせ私なんて、○○できないし」などという、自己否定のような言葉は、あまり使わないほうがいいのです。

なぜならそういう表現をしていると「人に好かれない」からです。


言霊がどうとか、波長がどうとかの目に見えない(証明のしようがない)理由ではなく、そうした発言をしている人と「仲良くしたい」と思う人は、あまりいないものだという現実的な理由です。

人間関係を作ったり維持したりを望んでいるのにうまくいかない人は、このような言い方が「口癖」になってしまっていないか、振り返ってみてください。 

深い意味なくつい言ってしまっているケースは少なくないようなので、ここに気づいて直すことができれば、そこからよい人間関係が作られていくことも期待できます(^_^)。

誰かに対して、一緒にいたいとか親しくなりたいと思うとしたら、そこには「お互いにうまくやっていきたい」思いがありますよね。

自己否定をしている人に対して、「あの人と一緒にいれば、うまくいきそうだ」とは・・・普通は思いませんよね(^_^;)。ほとんどは逆のことを思い、うまくやっていくためには別の人を選びたくなります。

やたらと否定の言葉を使っていると、いろんな機会や学びを与えてくれる「人」の存在を自ら遠ざけていることにも、なってしまうんですよね。

本当はそこまで強く自分を否定しているわけではないのに、なんとなく口癖になって言ってしまうケースは、その習慣に気づいたらすぐに変えられますから、意識してみてください。

人間関係がうまくいくか、そうでないかのポイントはそうした「ちょっとしたこと」の蓄積なんですよね。

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2016年8月 8日 (月)

「直感が、当たらないこともある」のは。

ときどきセッションで、「直感が当たらないのは、どうしてなのか」と、おたずねいただくことがあります。

「自分は直感が高いほうだと思うのですが、直感があたらないことがあります。なぜでしょう?」とか、「リカコさんから、オーラが直感的な人だと言われたけれども、しかし外れることもあるのはどうしてでしょう?」と。

まず、基本的なこととして、ひらめきの全部が当たることはないです。当たらないこともあるのが普通ですから、そういうものとして受けとめてください。理由は以下のとおりです。


|「霊的な直感」と、「感情などの反応」の境目はわかりにくい

直感は、霊的なセンスの一形態であり、直感が優れていれば、平均よりずっと「わかる」センスが高いともいえます(昨日のブログ参照)が、しかし、霊感も直感も魔法ではありませんから、全部があたることは、ありません。

昨日のブログに書いたとおり、ひらめきの中には、自分のこれまでの経験や抱きやすい感情などが関連している「瞬間的な反応」も含まれてしまいます。

そして、人間の感覚としては、そうした「霊的センサーで察知して、わかったこと」と「自分の個人的な反応として思ったこと」を、完全にわけることはできません。ここの境目はグラデーションです。

むしろ、そうした曖昧さがあるからこそ、個人的な反応として思うことの延長としてセンスが発揮されやすく、直感が高く働きやすいともいえます。

余談ですが、直感が優れている人のほうが、そうした境目が曖昧になっていて……、そのため、「直感が優れている人ほど、自分でその自覚がない」ケースが多いのです。

話を戻して。「なぜ、直感力が高くても、直感のすべてが当たらないのか?」という問いへの答えとしては、大きくわけると3つ、さらにプラス1で、4つです。

(1)まずは、「人間の霊感は、100%全開にならない」ということですね。重たい肉体をまとっている状態での発揮ですから、受信にバイアスが掛かることも多々あります。

(2)そして、「ひらめき」のすべてが、霊的なセンサーで察知した直感ではない、ということです。思考や感情の反応として思い浮かぶこともあり、個人の思いの癖などがそこに絡んでいるものも含まれてしまいますから、そういうものは当たらないこともあるでしょう。

(3)人により、直感の働きやすい得意分野があります。すべてに満遍なく冴える人はまずいません。自分に関することが得意とか、他人に関することが得意とか、知人には確率が高まるが、初対面の人には働きにくいとか、過去がわかりやすい人もいれば、未来に焦点が合いやすい人もいます。自分の「当たりやすい、得意パターン」があります。逆にいえば、その範囲から離れるほど、当たりにくくなるといえます。

(4) さらにもうひとつ。当たったかどうか、という定義がそもそも難しいです。あるひらめきがあったとして、今は当たらなくても、3年後や5年後には、あるいは、そうなっているかもしれません。「これは、今のことに当てはまるに違いない」と思ってしまったのは、自分がそう結びつけただけですから、本当はもっと先のことを察知した可能性もあり、そうなると、当たったかどうかはその時点では判断ができません。霊的なことは、時間を超越しますから、ずっと先のことをとらえてしまうこともありえます。



直感や霊感というのは、こうした「曖昧さ」を多分に含んだものである、という理解をしておくことが大事だと思います。そういう前提で、備わっているものをいかすという姿勢が理想的かな、と(^_^)。

直感に助けられるとか、後押しになることは多々あるとしても、それが行動の代わりになって得をするということにはならないので、自力での動きは必要です。

当たるか、当たらないかに過度にとらわれてしまうと、自分を狭い枠に押し込んでしまいます。答えがわかるまで動けなかったり、気にしすぎて疲弊したりと、得られるメリット以上のものを、消費してしまえば、プラマイゼロになってしまいますよね(^_^;)。

人は皆、霊的なセンスをもっているから、ときにそれに助けられることもあり、いろんな形で作用しているんだなという仕組みを理解していき、あとはこだわらずに委ねていくことでしょうか(^_^)。

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«直感も、霊感の一種。