2017年10月30日 (月)

ブログを引っ越しします。

いつもご覧いただきまして、ありがとうございます。

こちら、ニフティのココログで運営してきたブログですが、このたび、お引っ越しすることにしました。

過去記事は、まだ1/6ほどしか移行しておりませんが(汗)、少しずつ作業をしていきますので、引き続き、どうぞよろしくお願いします。

こちらのココログは、2008年より運営してきまして、とても愛着があり、操作も慣れていて、このまま使い続けたい気持ちも大きいのですが、しかし、あまりスマホでの閲覧に適した仕様ではなく、過去記事が遡りにくいため、ここ数年は、どのようにしたらいいかと迷っていました。

それで、主要記事をワードプレスに移してみたり、いろいろ工夫しながら、こちらのココログをこのまま使い続けるという道を探ったのですが///、しかしやはり、セッションのお申込のやりとりなども、過去記事がさかのぼりにくいゆえに、スムーズにいかないことが出てくるようになりまして、

今後を長期的に考えたときに、ここで引っ越しをしようと決断したのが、10/10です。

そのあたりのいろいろは、メルマガで書こうと思っています(*^_^*)。

https://light-blue.net/

引き続き、スピリチュアルティーチングを、どうぞよろしくお願いします!

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2017年10月14日 (土)

スピリチュアル的な、エネルギーを察知するセンサ-の位置。

すべての人に、霊的な感覚、スピリチュアルなセンスが備わっています。

そうしたセンスとは、霊やエネルギーがみえることに限らず、エネルギーの動きを察知するとか、気配を感じるとか、ある情報が伝わってくるとか、

直接の関わりがなくても把握できるという、共感のような働き方だったり、または、予知、予測のようなものだったり、バリエーションはいろいろです。

わりと多くの人に備わっているのは、エネルギーを、体感覚で感じとるセンスです。

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目に見えないエネルギーが、自分に伝わってきたときに、「体感覚の反応」をともなって、キャッチされるセンスは、「強い」「弱い」の差はあるとしても、ほとんどの人に備わっていると思います。

それぞれ、反応が起こりやすい「センサーとなる体の部位」があるようで、どこに、どう反応が起こるかは、個人差があります。

たとえば、

髪の毛が静電気のようにチリッとする、肩のあたりにふわっと暖かい空気がくる、手のひらがピリピリする、手のひらに圧力がくるのを感じるなど、バリエーションはいろいろです。

その人の、反応が起こりやすい場所というのは、だいたい決まってくるものです。

得意なところに起こりやすいか、苦手なところに起こりやすいかの、どちらかなので(^_^)。

こういうことは、無意識でいると気づかずにスルーになりますが、意識してみると、自分の決まったパターンがあることが、わかることもあるでしょう。

「どこの部分に反応が起こるか」と、「その反応は、何を意味するか」という2つのうち、まずは、「どこの部分に」という、センサーの位置の把握をしてみるのが、順番としてわかりやすいですね。

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2017年10月 3日 (火)

同じ経験から得られるものは、備えている性質によって違いがあらわれる。

同じ場所にいて、同じ事柄を経験したとしても、人により、その事柄を通して思うことや、得られるものは違ってきます。

備えている性質が違えば、その事柄との化学反応がかわってくるからです。

「性質」×「事柄」 という、あらわれは、本当に人それぞれ違いがあるものです(^_^)。

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たとえば、会社の同僚で、それまでの経歴も同じ、現状で関わっている仕事内容も同じという状況の人が、何人かいるとします。

そこで、「急に上司が代わった」、「会議が増えることになって、業務が多くなった」、「主要取引先と会社が揉め事になった」という経験を、皆が同じようにした場合を考えてみます。

Aさんは、新しい上司にとても気に入られて順調に仕事をしているけれど、Bさんは、新しい上司とはあわずに、業務が増えたことで転職を考えるようになる。

Cさんは、業務が増えたことで大変になったけれど、その分、実力もついて、取引先の揉め事をうまく捌くことができて評価を上げた。

Dさんは、そうしたいくつかの変化を経ても、以前とほぼ同じペースで、同じような仕事をしていて、心境にも得に変化はないようだ。

というように、その事柄を通した反応も、気づくことや思うこと、身につくことも、同じにはなりませんよね。

人の性質を、「器」にたとえるとしたら、ある人は大きくてしっかりしているバケツのよう、ある人は、深くて細い花瓶のよう、また別の人は、広くて浅い皿のよう、というように、向いている用途が違い、受けとることができる量も違います。

陶器のように決まった形をもつ器もあれば、ビニル袋のように(入れるものにあわせて)形状を変えられる器もある、というように、性質はひとりひとり違います。

「なぜ、こんなことが(私はわかるのに)あの人はわからないのだろう」、「どうして、あの人は(同じ経験をしているのに)学ばないのか」と、他人に対して思うことがあっても、自分と他人は、受けとる器の「種類」が違うということです。

自分がわかることを、相手も同じようにわかるとは限りません。

また、自分がわかっていないことを、相手はわかっているケースもあるでしょうね。

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2017年9月30日 (土)

守護霊という、進化した存在に、供養などの行いは不要です。

すべての人には、この世での学びを導き助けている、守護霊という存在がいらっしゃいます。

自分と守護霊は、「たましいの繋がり」をもっています。 スピリチュアルな観点からすると、「もっとも自分と近い存在」で、広い意味では自分自身である、とも言えるくらいの関係です。

自分と先祖霊は、「血縁という繋がり(身内)」の関係です。この世的な繋がりとして、ご縁がつくられた間柄となります。

先祖霊(を含む、身内の方たちすべて)は、この世に自分が生まれてくる環境や機会を与えてくれて、人としての成長を助けてくれる、学びあう仲間のような関係ですね。

守護霊と先祖霊は、霊的な立ち位置も違いますし、自分との関係性も違う存在です。

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あの世的、霊的な繋がりという意味では、自分と守護霊との繋がりが、深くて強いですが、

この世的、現実的な繋がりが、深くて密であるのは、もちろん先祖霊(を含む、身内の方)のほうですよね。

ときどき、「守護霊にも、先祖霊と同じように、感謝をこめて供養のような儀式をしたほうがいいか」と質問をいただくことがありますが、守護霊にそういうことは必要はないです(^_^)。

「食べ物をささげる」とか「めいふくを祈る」という儀式は、「この世的な観点からの、霊に対する行い」だからです。

守護霊とは、進化・向上している霊が担う役割なので、そういうものを必要としません。

また、とても広い意味でいえば守護霊とは自分自身でもありますから、自分に供養をする・・・ようなことにもなってしまうわけで、よくよく考えてみれば、そういう行いはあまり必要ではなさそう、とわかりますよね(^_^;)。

何か感謝を示したいという気持ちは、わかるのですけれども、いかにもな「行い」がなければ、通じない関係ではないということです。そういうものがあってもなくても、守護霊と自分との関係は、切れることのない確かな繋がりなのです。

なにしろ、自分自身ですから(^_^)。

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2017年9月27日 (水)

自分の波長とは、「自分のエネルギーが、振動する上下の幅」のこと。

スピリチュアルな表現として、波長、波動という言葉が使われることがあります。

そうした意味においての、これらの言葉は、エネルギーの振動の差をあらわしています。

ものごとにも、それ固有の振動数があり、人間にもそれぞれの個性が反映された、振動の差をもっています。

この、「それ自体が振動できる範囲」が、「それ自体がもつ波長」、ということになります。

人の場合は、「その人が、振動できるエネルギーの範囲が、その人がもつ波長」です。

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たとえば、山田さんが備えている、エネルギーの振動の範囲が、数値に置き換えるとして、30~45の間だとしたら、「山田さんの波長は、30~45の幅で備わっている」こととなります。

人間関係で、この備えている幅がたくさん重なる相手には、「近い」「似ている」という感覚をもち、幅が重なる度合いが少ない相手には、「違う」「合わない」という感覚が生じやすくなります。

山田さんからみて、「40~45である田中さんは、自分と似ているタイプ」に思えるでしょうし、「15~30の鈴木さんは、自分と違いすぎて、宇宙人のようだ」と思ったりするのでしょうね。

自分の振動の幅に、重なる度合いが大きいほどに、いつものエネルギーですからなじみやすく、親近感を覚えて安心します。

自分の振動の幅に、重なる度合いが小さいものには、いつもと違う振動を感じさせますから、違和感を覚えるか、または逆に、新鮮な刺激を感じることもありますね。

そして、自分の波長の幅から、あまりに離れすぎている、まったく重なるところがないものとは、そもそも引きあうことがありません。必ず、少しくらいは重なる何かがあるからこそ、お互いにエネルギーが引きあって(振動が共鳴することで)ものごとが展開していくようになります。そのしくみが、同じものが引きあうという「波長の法則」になります(^_^)。

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2017年9月18日 (月)

自然の多い場所のエネルギーと、人の多い場所のエネルギー。

自然が多い場所にいくと、気持ちが落ち着いてリフレッシュできるのは、自然が発しているエネルギーの作用で、自分のエネルギーが整えられるからです。

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人が多い場所は、上記のようなリフレッシュの作用は期待できませんが、・・・むしろ、慌ただしい雰囲気に疲れてしまうことが多いかもしれませんが(^_^;)、しかし、人が発するエネルギーがたくさんありますから、活気というエネルギーを、いただくことが可能となります。

人のエネルギーも、とても素晴らしい作用があります。

もしも、やる気が起きないとか、元気がでないという状況にある人がいれば、

「今の自分に必要なのは、リフレッシュのエネルギーか、活気というエネルギーか」ということを考えてみて、それにみあった行動を、とってみることもよいですね(^_^)。

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2017年9月15日 (金)

自分の周囲にある「もの」「情報」などを、選んでいく。

自分を含めて、この世のすべては、何らかのしくみや縁で繋がっています。

こちらは、繋がりについて書いた過去記事です。

みえない糸で、すべてが繋がっている

近くにある事柄と、遠くにある事柄は、エネルギーで繋がっている

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そうした中でも特に、自分の近くにあるものほど、自分との繋がりが密接であるといえます。

だからこそ、引きあって、自分とそれが近い位置関係にある、ということなので。

つまり、近くにあるものほど、繋がりが密であり、お互いに影響を与え合うことになります。

自分の周囲に、あまりに物が多すぎたり、使い切れない情報ばかりを集めてしまうと、そのエネルギーによって、自分が振り回されることもあります

定期的に、必要なものを整理するという習慣をつけることが大事です

物でも情報でも、使わなくても、目の前にあれば、気になりますよね。

必要ではないのに、「せっかくあるのだから、使わなければ」という気持ちになったり、

取り入れなくてもいい情報も、「知っているのだから、活用しなければ」、とやることが増えたり。

多すぎるそれらに、自分が、ザワザワ、バタバタ、させられてしまうのです。

この時代はたくさんの物や情報が、自然と「集まってしまう」ものでもあるので、その中から、必要なものを選び、不要なものを省いていくこと、

「選ぶ」「減らす」ということも、自分をよい状態にしていくために必要な心掛けとなるのでしょうね。

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2017年9月12日 (火)

近くにある事柄と、遠くにある事柄は、エネルギーで繋がっている。

「より遠くへ、自分の影響力を広げたい」ときや、「新しいチャンスや関係などのご縁がほしい」という場合、

「その事柄に、直接の働きかけをしなければ、うまくいかない」と思ってしまうと、できる行動は限られてきます。

それはそうですよね、何しろ、自分から遠いところに「それ」はあるわけですので(^_^;)。

しかし、近いところにある事柄も、遠いところにある事柄も、何らかの意味では繋がっているので、間接的な働きかけが、思わぬ形で、遠いところへ作用することもあるのです。

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この世における、ものごとのしくみというのは、「自分」と「遠いところにある、それ」とが、一本道で繋がっていることはなく、ありとあらゆるものが、みえないエネルギーで、立体的に繋がっています。

※過去記事:みえない糸で、すべて繋がっている

近くの縁を大事にしていると、あるとき、ぽんっと、遠くの縁が発生してきて、思わぬ形で、望んでいたことへの道が、開けることがあります。

私の知人のケースです。

会社で所属している部署は、市内の担当です。もっと広い、県内の担当へ異動したいけれども、まだ実力もないし・・・ということで、与えられた仕事を一生懸命にやっていたところ、

新しく赴任された上司が、部下と二人で出張して仕事をするスタイルを好む方で、その方と一緒に、県外へ同行して仕事をすることになりました。

県内でやりたいという希望をとびこえて、県外へと、いきなり範囲が広がりました、笑。

こういうことも、あるものです。

日々の、与えられていることをまずはやろうという姿勢、しかし、これからやりたいことは見据えていき、実力をつけていずれはという計画性も持って動いていたことが、想定していたプロセスをとびこえて、結果になったのだと思います。

オセロゲームと同じで、「いきなり、遠いところにある角は取れない」ということなのでしょうね。

近いところの、できることに力を注ぐと、いきなり、角どころか、盤の外にまで笑、範囲が広がることも、あるものなんだなーと思いました(^_^)。

私たちの物理的な感覚としては、「いきなり」とか「とびこえた」ようにみえるものでも、これらはきっと、エネルギーレベルでは、繋がりがあって、そうなるべくしてなったこと、なのだろうと思います。

すべてに当てはまるわけではないでしょうけれども、

直接的で、ストレートな方法ばかりではない、いろいろな、不思議な繋がりがあるのが、この世という場所の不思議で楽しいところです(^_^)。

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2017年9月 4日 (月)

好意的な評価の「思い」が、集まっているオーラの人=人気のある人。

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人は皆、オーラというエネルギーをもっていて、オーラのようすには、その人自身があらわれています。

オーラは、自分をあらわすと同時に、外からやってくる刺激などを、うけとめる働きもあるので、オーラのようすから、(そういう意図で把握しようとすれば)、その人が置かれている立場とか、周囲の人からどんな印象をもたれているかということも、わかります。

好感をもたれているとか、尊敬されているとか、好意的に思われている人は、「そういう思いの(他人が放った)エネルギ-」が、まわりに集まってきているオーラになっています

たとえば、山田さんに対して、田中さんが「彼は、いい人だなあ」と思ったとしたら、山田さんのオーラに、田中さんが放った「好意的な思いのエネルギ-」が含まれています。

基本的には、好意のエネルギーは、ほんわりとして明るいので(^_^)、その人を後押しする力となって、役立っていることもあるようですね。

私が、リーディングを行う場合は、そういう、好意的な他者からのエネルギーが、たくさんあれば、その人は、好かれているか、尊敬されているか、広い意味で「人気がある」人なのだろうなーという判断をします。

山田さんの周りに、たくさんの人が集まっている「実際のようす」を、ありありと透視しているのではなく(^_^;)、そうしたエネルギーの状態から逆算して検討をつける、という把握をしています。

その人自身が、どんな人であるかは、その人のオーラにあらわれていて、

その人が、他者からどのように評価されているかは、(その人に向けて)他者が放った思いのエネルギーにあらわれている、というしくみとなります。

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2017年9月 2日 (土)

手からでるエネルギーの「大きさ」と、呼吸の「深さ」の関連。

人の手からは、エネルギーがでているので、手を使った動作でエネルギーを伝えたり、手でふれたものにエネルギーを乗せたりすることができます。

厳密にいえば、全身からエネルギーがでているのですが、中でも、手からでるエネルギーは大きいということです。

手をつかったヒーリングをするとか、手で品物を作る仕事やクリエイティブな趣味などをお持ちの方は、以下で説明する「呼吸」について意識すると、少し、活動に役立つのではないかと思います(^_^)。

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どんな性質のエネルギーを放っているかは、その人が備えている「本質」と関連しているので、個人差があります。

たとえば、対象物に力を与えるとか、活性化させるとか、安心や癒しを与えるなどの性質の差は、生まれ持っている本質との関連が大きいのです。

放つエネルギーの大きさ(量)も、本質と関連していますが、こちらについては「呼吸の深さ」との関連も大きいですね。深い呼吸ができる人ほど、手からでるエネルギーの量も、比例して大きいという特徴がみられます。

その理由は、「手のチャクラ」と「胸のチャクラ」は関連性が高いためです。胸の位置で行う「呼吸」という動作は、エネルギーを動かすポンプのような働きとなり、(とりわけ、チャクラ同士の関連性が深い)手からでるエネルギーにも作用していくというしくみです。

エネルギーの質については、生まれ持ったものが関連しますが、放つ量については、呼吸との兼ね合いも大きいので、深い呼吸ができるようになる習慣や努力などで、ある程度は増やして大きくすることは可能となりますね。

深い呼吸は、エネルギーを放つこともそうですが、自分が影響されにくくなるためにも大事なことだと思います。

※関連記事:敏感なセラピストさんは、「浅い呼吸」の改善を

上記は、記事の主旨は違いますが、内容に少し関連性があるので、あわせてご覧になると理解が深まるものと思います(^_^)。

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2017年8月30日 (水)

好きなことを選ぶと、うまくいく人もいれば、そうではない人もいる。

「好きなことをして人生をすごそう、そのほうがうまくいく」という考え方を持つ人がいます。

一方、「好きなことでうまくいくほど、世の中は甘くないよ」という考え方もありますよね。

前者はとっても夢いっぱいに思えて、後者はとても現実的に思えます。

このうちの、どちらが正しいのか、といえば、それは「人により、それぞれ」です。

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全員に必ず当てはまる、ひとつのパターンが存在するのではなく、「好きなことがうまくいく人」もいれば、「好きなことよりも、もっとうまくいくことが存在する人」もいます。

これは本当に、人それぞれなので、まとめるのは難しいですが、私の知っているケースの統計的には、「好きなことが、うまくいく人」は、1~2割でしょうか。「好きなことより、もっとうまくいくことが、別にある人」のほうが、ずっと多いようです。

そのため、「好きなことをすると、人生はうまくいく」という主張が、少数なので珍しいため、目立つことになります。

そして、そういうストレートにわかりやすいことは好まれるので、それがすべての人に当てはまる「正しいこと」のように解釈されがちなのですが、

世の中の全員に、そのパターンが当てはまるわけでもない、ということなのです。

当てはまるかどうかは、「備えている本質」との兼ね合いとなります。



すべての人に、その人の得意なこと、うまくできることが存在します。

しかし、そうした「自分の得意なこと、うまくできる事柄」を、好きと思うかどうかは、それぞれです。

ここが、両者の違いを生んでいるポイントですね。

「得意」と「好き」が揃っている人は、当然のことながら、好きなことでうまくいでしょうけれど、

「得意」と「好き」が違っている人は、こちらも当然ながら、好きなことだけ選んだら、得意なことから遠ざかることになりますから、あまりかみ合わずに、停滞しがちになるんですよね。。。

自分を知って、自分の好きなことと、備わっていることがどのくらい合っているかを考えてみることで、どちらが該当するかがわかります。

が、こうして「考えなければわからない」人は、おそらくはほとんどが後者の「揃っていない人」になると思われます。揃っている人は、考えるまでもなく一択になるので(^_^)。

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2017年8月24日 (木)

自分の、たましいの課題となることを知るには。

スピリチュアルな観点からすれば、私たち人間は、たましいの存在であり、この人生は、たましいの学びのための経験です。

私たちにはそれぞれ、たましいの領域から備えててきた個性があり、同様に、この人生での学びの課題も、備えて生まれてきています。

これらは、ひとりひとり、違いがあります。

スピリチュアルに関心があると、「今回の人生での、たましいの課題とは、どのようなことだろう」と気になるものでもありますね(^_^)。

この場合の課題とは、「今世の人生で、やるようになっていること」とか、「経験すると決めて、または望んできたこと」という意味のことです。

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「たましいの課題」というと、ものすごく壮大なものを思い浮かべてしまいがちですが(^_^;)、しかし、自分とあまりに遠いところにあるものは、関わることも、成すことも難しいですよね。

課題はたくさんあり、スケールの大きいものも、小さいものもいろいろでしょうけれども、それらの大部分は、「自分からそう遠くないところ」に存在すると考えられます。

(離れたところにあるものに、向かっていくプロセスも含めて、チャレンジしようとしている場合も、もちろんあるので、すべてが上記のとおりとは限りませんが)

たくさんあるうちの、いくつかを、自分で把握するには、以下のような考え方をしてみるといいと思います。

●「どうしてもやりたくなること、やめられないこと」は、「たましいが決めてきた、今世でのやるべきこと」のひとつかもしれません。 たましいの求めることに、自分が動かされている可能性が考えられます。

●逆に、そうしたい気持ちはないのに、なぜか「そうするようになってしまう、やめられないこと」も、「たましいが決めてきた、今世でのやるべきこと」のひとつかもしれません。 たましいの決めてきたことに、状況が動いていくことで、自分に作用している可能性が考えられます。

備えていきた個性も、今世でのやるべきことも、複数ありますから、こうして自覚できることは一部分ですが、「そうなりやすい」「よく、そうなってしまう」という「パターン」に、それらがあらわれていることはよくあるものなのです(^_^)。

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2017年8月22日 (火)

プロセスが楽しいのは、動きという刺激があるから。

願っていたことが現実になった、目指していたレベルに到達できたとして、そのときは達成感とか満足とか、いろんな感慨でいっぱいでも、時間とともにそれらは薄れていき、「いつもの日常」として、なじんでいくものですよね。

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目指している過程では、きっとそこに到達したら、すごく幸せな気持ちになれるだろうと思って、それをモチベーションにしているところがあるけれど、

達成してみると、「目指すところに向かって、努力しているときが楽しい」のだとわかるものです。

なかなかうまくいかなくて、苦しかった経験すらも、過ぎてみれば、「あれも、今になってみれば楽しさがあった」と懐かしくなったり。

その理由は、プロセスには「動き(変化)」があるからです。

動きによる振動は、自分の心をも動かしてくれます。

心を動かす振動、つまりは、感動です。

行動がなくても、(内的な心の動きである)感動はできなくもないけれども、行動することで与えられる振動は、わかりやすくて大きいので、わかりやすい楽しみや喜びが得られるということですね。

目標や目的があるほうが、行動を起こしやすいです。

行動を起こすことは、心の動き(感動)に繋がりやすいです。

常に何らかの(小さくてもいい)目標をもち、それに関連する行動をとって、心を動かしていくという毎日を過ごしていけたらいいですよね。

・・・まあ、それがなかなか難しいのですけども(^_^;)。

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2017年8月21日 (月)

あえて制限をつけると、動きだしやすい場合もある。

先日、「制限があるからこそ、判断できる」という内容の記事を書きました。

制限されているのはやりにくい、自由であるほうがやりやすい・・・ように、一見思えるけれども、実際はそうでもないです。

制限は、判断基準にとなって、選びやすさや、決めやすさを与えてくれています。

制限がない状態は、明確な基準がないため、判断がしにくいのですよね。

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何かをしたいという意欲はあるけれど、何をしたらいいかわからないときには、あえて「自分で制限をつけた動きをとってみる」という方法もいいでしょう。

たとえば、「○○に関連することを、3ヶ月以内で出来ることだけやってみる」とか、「お金をあまり使わない方法で、楽しめることをしてみる」というように。

「○○の範囲内で」「○○はしない方法で」という制限は、決めやすさを助けてくれます

何かしらの動きをつけてみると、自分に活気と勢いがでてくるのがわかります。

行動したことの刺激は、自分のエネルギーを揺り動かしてくれるためです(^_^)。

けれど、こうした方法は、あくまで、スタートを助けるための「きっかけづくり」です。目的をもった動き、ではなく、動くために目的を作ったようなものですから。

こうして見つけた目的は、「やりやすい」ことではあっても、「役立つもの」や「合っているもの」ではないケースも多々あるでしょうから、本番前のウオーミングアップだととらえていき、

スタートの勢いと活気を得たら、そこで改めて、自分が何をしていくのがよいだろうかと考えてみるといいと思います(^_^)。

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2017年8月 8日 (火)

自分のセンスや技術について、もっとよく知っておく。

備わっているセンスや、習得したスキルをうまくいかすためには、その事柄を、さらに細分化して、よく知っておくことが役立ちます。

たとえば、「書くことが得意」な人がいるとします。

しかし「書くこと」といっても幅広いですよね、対象としても、内容としても。

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たとえば、小説のような長文を、内容の連動が破綻しないように書くことができる人がいるとして、しかし、そういうことが自然にできてしまうセンスをもっている人は、逆に、短く要点だけをまとめる文章が苦手というケースもあります(^_^;)。

感想文や解説文のような、ある対象について見解を述べる形式の文章は、とてもわかりやすく書けるのに、他人の発言をまとめる議事録の作成はうまくできない、というケースもあるかもしれません。

事実のみを描写する観察記録が得意な人もいれば、自分や他人の感情を動かすような文章が得意な人もいます。

書くことなら全般的に得意な人もいれば、ある特定の狭い分野だけが、飛び抜けてうまくできる人もいますから、個人差があります。

つまり、

シンプルに、「書くことが得意」という認識のしかたは、範囲が広いですから、おそらく、自分で思っているよりも「曖昧」なのです。

だから、それを活かす道を、見つけにくくなります。

自分が備えている、書くことというセンスや技術は、「誰に対する、どのような内容を扱うことが適しているのか」という、具体的な認識があると、

自分をいかしやすい場を見つけたり、選んだりしやすくなりますよね(^_^)。

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